テレワークの勝ち組と、テレワークの負け組の違いは何か?

コラム

テレワークを実施する上で無視できない生産性の問題。どう考えるのがよいのでしょうか?

Deloitte(デロイト)における12年間のマネジメントコンサルティングのご経験や学術的な視点を生かし、ビジネスメディア『Books&Apps』の安達裕哉さんに寄稿いただきました。

はじめに

公益財団法人 日本生産性本部の調査によると、2022年7月のテレワーク実施率は16.2%と過去最低を記録しました*1。一方で、『テレワークによって生産性が向上した』と感じる人の割合は増え続けており、これは逆に過去最高となっています。*2

この理由として最も考えられるのは「テレワークは素晴らしい」ではありません。実態は「生産性が低下した企業が次々とテレワークをやめている」ではないでしょうか。

つまり、テレワークで生産性が下がった会社は早々にテレワークを辞め、現在はテレワークで生産性を向上させた会社だけが、テレワークを続けている、という状況です。

ですから、今もテレワークを続けている企業は、総じて生産性向上に成功した「勝ち組」なのでしょう。では、テレワークによって生産性を向上させた企業と、生産性を低下させた企業の違いは、いったい何にあるのでしょうか。

テレワークと生産性に関してのきちんとした調査を行った文献は少ないのですが、例えば、関西学院大学の古川靖洋の『テレワーク導入による生産性向上戦略』*3を紐解くと、テレワークで生産性が下がった会社は、もともと経営者や中間管理職が、生産性向上やチームの形成にあまり興味を持っていない可能性が高いのです。

つまりパンデミックによる強制的な『テレワーク』の実施で、生産性向上に対する意識があぶり出されたと言ってよいでしょう。

ダメな会社はオフィスワークの生産性がもともと低く、改善の意欲もないので、テレワークによってもっとダメになった。

良い会社は、もともと生産性向上に取り組んでおり、テレワークの機会によって、さらに生産性が向上した。

一言で言うと、そういう仮説が成り立ちます。

テレワークの生産性について明らかにされた事実

実は、古川の調査によって、テレワークと生産性の関係について、いくつかのことが明らかになっています。

  1. 個々のテレワーカーの生産性については、業務に集中できる時間・機会が増加するため、定型業務、創造的業務の両方で個人の生産性が向上する
  2. テレワークの実施により業務内容が明確になると、テレワークの生産性が向上し、結果的にオフィスワークの生産性も向上する
  3. テレワーカー個人の生産性が向上すれば、チームの生産性も向上する
  4. テレワーク時には、フォーマル・コミュニケーション(業務上必要なコミュニケーション)がとりやすくなっていると、チームの生産性が向上する一方で、インフォーマル・コミュニケーション(業務とは直接関係がないコミュニケーション)は生産性向上とはあまり関係がない
  5. 業務上必要なコミュニケーションを根気良くとり続けることによって、チーム内での信頼関係が生まれる。ただし、業務とは直接関係ないコミュニケーションは、一般に考えられているほど、信頼感の醸成には貢献しない
  6. メールや電話よりも、フェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションが生産性向上に貢献する

いくつかのことは、テレワークを実践している企業からすれば、「当たり前」と感じることも多いでしょう。

総じていえば、これらのことから、古川は生産性について、

『テレワークを導入する場合、業務内容を明確にし、フェイス・トゥー・フェイスによるコミュニケーションの機会を積極的に作ることで、個人ならびにチームの生産性向上に結び付く』と結論付けています。

テレワークの孤独感による「従業員の士気低下」はテレワークだからといって特別なことをする必要はない

では、テレワークによって生産性を向上させた会社は、テレワークのデメリットである、コミュニケーション不足による従業員の士気の低下などをどのように防いでいるのでしょう。

古川は、検証の結果、「特別な施策を当初から考えるのではなく、基本的には従来から効果があると考えられている動機付けのための諸施策の実施がまず有効であることが確認できた」としています。

それは例えば、

  • 個々のワーカーの自律性向上を促す
  • ワーカーに対する権限移譲をすすめる
  • 業務上の自由裁量を今まで以上に認める
  • 部署に囚われずメンバー間のコミュニケーションを活性化させる

と言った施策であったり、さらに、疎外感をできるだけ感じないようにするため

  • 個々のワーカーの業務内容や成果を他のメンバーが進んで承認する
  • 専門知識をさらに充実させるための機会を設ける
  • 自由な雰囲気の中での意見交換がいつでもできる機会を充実させる

のような施策だったりします。

つまり、従業員の士気に影響を与える要因は、テレワーク導入の有無にかかわらず有効であるということです。

これについて古川は

「テレワークを導入しなくてもコミュニケーションが沈滞している企業もあるし、導入していても従来どおり活発である企業もある。テレワーク云々よりも、企業におけるコミュニケーションを活発にしようとする施策や心構えのほうが重要だ」

と述べています。

結局は、経営者・中間管理職の考え方と能力の問題

結局、テレワークの生産性が低い会社は、経営者や中間管理職に問題がありそうです。

具体的には、仕事への指示が不明確であり、成果も明らかにされておらず、社員の労働力を効果的に活用せず、従業員に対する動機付けもしていないのです。

古川は「まとめ」のなかで、テレワークに対する懸念に大きな影響を及ぼしているのは、経営者と中間管理職の理解不足だ、と述べています。

つまり、テレワーク環境を成功させるために、企業は以下の施策を考慮する必要があります。

a. フェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーション機会を確立する:

定期的なミーティング、ビデオ会議、インスタントメッセージプラットフォームを利用することで、チームメンバー間のフェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションを維持し、業務に対して必要かつ十分な情報を持つことができます。これは、生産性向上にとって、最も重要な要因です。

b. 明確な目標と期待値の設定:

個人とチームの目標、および期待される成果物やスケジュールを明確に説明します。これにより、従業員は自分の仕事に優先順位をつけ、重要なことに集中することができます。

c. 必要なツールやリソースを提供する:

 信頼できるインターネット接続、プロジェクト管理ソフトウェア、安全なコミュニケーションプラットフォームなど、リモートワークを促進するための適切なツールやテクノロジーを従業員に提供します。

d. 強固な企業文化を醸成する:

チームメンバーの孤独感、疎外感を減らし、帰属意識とモラルを高めるため、動機付けに関する各種施策を、テレワーク実施の有無にかかわらず進めます。

e. トレーニングやサポートを提供する:

技術支援、リモートワークのベストプラクティスに関するガイダンス、スキルアップの機会など、従業員がテレワークに適応するための継続的なトレーニングとサポートを提供します。

f. パフォーマンスを測定し評価する:

従業員のパフォーマンスと生産性を定期的に評価し、必要に応じて目標と期待を調整します。これにより、改善すべき点を特定し、テレワークが会社にとって実行可能な選択肢であり続けることを確実にします。


これらの施策を採用することで、企業は生産性、コラボレーション、従業員満足度を促進するテレワーク環境を構築することができます。

そうすることではじめて、テレワークの利点を十分に活用することができるのです。

普段からやれていないことを、テレワークだからといってやるのではなく、普段から業務の生産性を向上するべく、適切な施策をとること、そして、社員の不安を払拭するように、コミュニケーションを活性化すること、これができていれば、テレワークへの移行は、さしたる苦労もなく、特別なことをする必要もなくできるのです。

結論

テレワークの勝者と敗者の違いは、経営者や中間管理職の考え方と能力にあります。

テレワークの導入に成功し、生産性を向上させている企業は、明確なコミュニケーションを優先し、明確な業務内容を設定し、従業員の懸念に効果的に対処している企業です。

一方、テレワークの導入に失敗している企業では、指示が不明瞭であったり、コミュニケーションが不十分であったり、従業員のモラルを重視していなかったりといった問題があるようです。


したがって、ここからは私見ですが、パンデミックによって、テレワークの強制的な導入が各社で行われた結果、各社のマネジメント能力の有無が、テレワークの生産性の向上もしくは低下となって顕在化しただけなのでしょう。

まとめると、

  1. 生産性の低下をテレワークのせいにするのは的外れ
  2. テレワーク勝ち組……もともと従業員の生産性や従業員の士気に対して取り組んでいた。
  3. テレワーク負け組……成り行き任せだった会社

という3つの話である程度説明できてしまうのです。

出典

*1 共同通信PRワイヤー. (2022年7月). テレワーク導入率16.2%、過去最低に https://kyodonewsprwire.jp/release/202207224198

*2 日経XTech. (2022). テレワークで生産性向上、過去最高水準にhttps://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02269/112700004/

*3 古川靖洋 テレワーク導入による生産性向上戦略. 千倉書房.

編集後記

当メディアでも、これまで社内外のテレワーク事情を取材してきました。「テレワークが始まった後ならではの工夫や取り組み」をたくさん聞けるかと思い、毎回楽しみにしてお話を伺うのですが、興味深いことに、メンバーが離れていても日々の仕事がうまく回る方たちほど、「本質的な部分は、テレワークを始める前から何も変わっていない」とよく言われます。

「テレワークだから」と何か特別なことを行うのではなく、日頃から情報共有やコミュニケーションの理想のあり方を考えることが、 結果的に多様で柔軟な働き方を実現する1番の近道になるのかもしれません。

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