「なぜ私の部下は話してくれないんでしょうか?」 ──1on1に悩むマネジャーが陥りがちな「落とし穴」について専門家に聞いてみた

コラム

テレワークでのコミュニケーション不足を解消するため、1on1を導入する企業が増えています。一方で、1on1には傾聴力やコーチングなど特別なスキルが必要だという意識が強く、「上手くできているのかよくわからない」と手応えを掴めずにいる人も少なくありません。

そんななか、サイボウズでは15年前から「ザツダン」という名前で、社員間のコミュニケーションをとってきました。これはその名の通り、ビジネス・プライベート問わない幅広い話をするもので、特別なスキルを必要としません。

なぜサイボウズは1on1ではなくザツダンを実施するのか、その具体的な内容や効果はどんなものなのか、「会話が盛り上がらない」「話のネタに困る」といった悩みを乗り越えるためにマネジャー層に何ができるのか。こうした疑問の数々をさまざまな企業や教育機関でチームワーク研修を実施している、サイボウズチームワーク総研シニアコンサルタントのなかむらアサミに聞きました。

笑顔で黄色いソファーに座っているなかむら
なかむらアサミ。2006年サイボウズに入社。チームワーク総研シニアコンサルタントとして、講師、研修、コンサルティングを担当

まずはコミュニケーションの総量を増やすことを目的に

――テレワークをきっかけに1on1を導入した企業も多いと聞きます。しかし、1on1にともなう上司(マネジャー)側の負荷増加や効果の不透明性などから、形骸化しているケースも少なくない印象です。なかむらさんは、日本企業における1on1の現状をどうご覧になっていますか?

そもそも、一般的な1on1は部下の悩みを解決し、成長を支援することを目的としているため、上司・部下の上下関係の中で仕事についての話をします。上司には傾聴力やコーチング、ティーチングなどのスキルが求められると考えられています。

しかし、さまざまな業務で多忙な中、それらのスキルを身につけるのは難しいもの。最初にスキルを教えられたマネジャーほど「いまの質問は適切だったか?」「しっかりアドバイスできていたか?」といった“型”ばかりに意識が向きがちです。

その結果、相手の話を全然聞けない、という本末転倒になるケースも多く見受けられます。

オレンジ色の壁を背景に真剣な表情で話すなかむら。

――「スキル」を意識すると、1on1に対するハードルが高くなり、かえって話に集中できなくなる、と。サイボウズで実施している「ザツダン」では、そうしたスキルは不要なのでしょうか?

そうですね。そもそも1on1とザツダンでは目的が異なります。ザツダンでは、コミュニケーションの量を増やし、メンバーの状況を知ることを主体としています。そのため、上下関係もなくフラットな立場で、話題を問わず仕事・プライベートどちらの話をしてもらって構わないという形にしています。

もちろん、サイボウズのザツダンでもコーチングやカウンセリング、ティーチングなど一般的な1on1の要素を取り入れているマネジャーもいます。

しかし、それらはあくまで必要になったら取り入れるもの。最初から必ずしもメンバーの成長を促そうと意識しなくてもいい。まずはザツダンという自由な形で、ある程度の頻度で状況を聞き、関係性を構築していくことを大切にしています。だからこそ、「スキルを意識しすぎて、相手の話を全然聞けない」といった本末転倒なことは起こりにくいのです。

サイボウズ流
サイボウズ流"ザツダン"と一般的な1on1の特徴の違いをまとめた図

――ザツダンでは、具体的にどんな話をするのでしょうか?

仕事面だと、今後やりたいことや最近の社内の状況とかを話しますね。プライベートな話題だと、差し障りのない範囲で、お互いの家庭事情や体調の変化などを話すこともあります。もちろん、これは業務時間中に実施するものです。

――なぜ仕事の話だけでなく、業務時間中にプライベートの話までするのでしょうか?

お互いの安心感やフォローのしやすさにつながるからです。実際の事例でいうと、ザツダンの際に「実家の親が一人暮らしで、最近あまり体調が優れないんですよね」と、上司に話した社員がいました。

それによって、上司側は「今後介護のため仕事がしづらくなるかもしれない」と心構えができ、仕事の割り振りなどの配慮がしやすくなりました。その社員(部下側)も状況を伝えたことで、安心感をもって働きやすくなりました。

オフィスワークが中心だった頃は、こうした情報ってお互いの日々の会話のなかで共有できていた、共有しやすかったと思うんです。しかし、テレワークでは情報量が少なくなるため、メンバーの様子が見えにくい。実際、サイボウズチームワーク総研が2020年10月に実施した「テレワークのコミュニケーション」についての調査では、在宅勤務を始めたことで6割以上の人が「職場の人が何をしているか分かりにくくなった」「話さない人が増えた」と回答しました。だからこそ、こうしたプライベートの話を積極的にすることには、むしろ大きな価値があると思うんです。

チームワーク総研の調査データ。在宅勤務を始めて「業務で関りのある職場の人」との関係性に変化があるかを聞いたところ、6割以上の人が「(職場の人が)何をしているか分かりにくい」「話さない人が増えた」と回答し、他設問より高い割合となった
在宅勤務を始めて「業務で関りのある職場の人」との関係性に変化があるかを聞いたところ、6割の人が「(職場の人が)何をしているか分かりにくい」「話さない人が増えた」と回答し、他設問より高い割合となった

自分の気持ちを言語化する機会を作っておかないと、取り返しがつかなくなる

――「ザツダン」はどれくらいのペースで実施するものなのでしょうか?

人によりますが、毎週実施している人が多いですね。頻度や時間などの指定はなく、業務時間中に実施することを唯一のルールとしています。これはザツダンを仕事の一環として考えているからですね。

月1で1on1をやっている企業は多いですけど、関係性を築くうえでは頻度が大事だと思いますので、せめて隔週に1回は実施が必要かと思います。

――業務時間中のザツダンがプライベートの話ばかりになり、本来相談すべき事柄がないがしろになったり、やるべき業務がおろそかになったりするケースもあるのではないでしょうか?

あまり聞かないですが、節度はもちろんあります。ザツダンは業務をより円滑に進めるためのもので、プライベートな話をするのは、あくまで関係性づくりに有効な範囲までです。

ただ、それってそこまで注意深くなる必要もないとは思っています。というのも、オフィスで働いていた際にも、けっこう長い時間、世間話をしていた経験は誰しもあると思うんです。テレワークになると、それが具体的な会議の時間として確保されてしまうので、なんとなく申し訳なく感じがちなんですが(笑)。

柔らかい表情で話すなかむら

そもそも、仕事とメンタルヘルスは切り離せません。プライベートを含め、何かあった時に話しやすい関係を社員同士築けているかどうか。それによって、組織に対するエンゲージメントが全く変わってくるんです。

だからこそ、最近の研修では「忙しいチームほど雑談してくださいね」と伝えています。これは目の前の仕事で精一杯になると、モヤモヤや不満を言語化する暇がなくなってしまうためです。人間って言葉を持った動物なので、言葉を発することで自分自身を知ることも多くあります。

忙しくて言語化する暇がなくなると、ストレスがたまり、爆発しちゃうんですよ。自分の気持ちを言語化するタイミングをどこかで作っておかないと、感情的になりやすく、取り返しのつかない関係性になってしまうリスクが高まります。そのタイミングの一つとして、わたしはザツダンを推奨しています。

関連:出社組とテレワーク組の分断をなくせ──ハイブリッドワークだからこそ意識したい3つのマネジメント原則

「職場に私情を持ち込むな」ではなく「気持ちを伝えてくれてありがとう」

――日本社会的にも「私情を持ち込むな」みたいな同調圧力がありますもんね。

そうですね。特に今の管理職世代は、そうした同調圧力の中で過ごしてきた人が多くいます。一方で若い世代はSNSなどで自分の気持ちや意見を発信する機会が多いため、乖離が発生しやすいと考えられます。社会人になって「会社でそんなことを言っちゃだめだよ」と上司に言われてしまうと、想いを通わす機会がなくなり、どんどん気持ちが会社から離れていってしまう場合もあります。

なかむらの手元とパソコンを写した一枚。

一番怖いのは勇気を出して発言しているのに、その意見が拾われなかったり、否定されたりすること。そうなるとその人はもう発言しなくなります。それは組織として大きな機会喪失です。

だからこそ、まずは「気持ちを伝えてくれてありがとう」と上司として受け止めるなど、組織として意見を言ってくれる人を歓迎する風土を作ることが大切です。それによって、部下としても救われた気持ちになりますから。

あとは上司自身が自分の気持ちを言語化して発信することも大事です。それを見て部下側も「ちゃんと向き合おう」「こんなことも話していいんだ」という気持ちになります。考え方や行動を変えるのはすぐには難しいことですが、少しずつでもチャレンジできれば、組織の雰囲気も徐々に変わっていくでしょう。

「1on1は盛り上がるべき」「マネジメントは管理」などの固定観念は捨てる

――「1on1で話すネタがない」という悩みも耳にしますが、サイボウズではどうでしょうか?

サイボウズの場合、話のネタに困っている人は少ない印象です。その背景には「分報」という文化があります。分報とは社内版Twitterのようなもので、仕事に限らず好きなことや趣味など、みんなが自由に書く取り組みです。オンライン上に人柄がわかる情報があるため、それを話のネタにすることが多いんです。

他企業で分報をすぐに社内に浸透させるのは難しいと思いますが、たとえば部下のスケジュール(カレンダー)を共有し、それをもとに最近の仕事状況について話してみる、といったことはできそうですよね。日頃からお互いの状況が自然と可視化される仕組みをオンライン上に整えていくと、話のネタも増えていくと思います。

社内版Twitter「分報」の様子。仕事に限らず、好きなことや趣味などが自由につぶやかれている
社内版Twitter「分報」の様子。仕事に限らず、好きなことや趣味などが自由につぶやかれている
kintoneで「分報」をタイル状に一覧表示した様子
kintoneで「分報」を一覧表示した様子。タイル状で一面に表示されるので、マネジャーのような時間がない立場でもサッと目を通すことができる

関連:まるで社内SNS!「分報」でメンバーの状況をハイブリッドワークでも感じられるようにしよう

――たしかに、「分報」や「スケジュール共有」など、日頃からお互いの状況を感じられる環境があれば、ザツダンも盛り上がりやすそうですね。

そうですね。ただ、こんなことを言ってはなんですが、「会話は盛り上がらないといけない」という固定観念は捨てたほうがいいと思います。

その時々の状態や人によって、会話の温度感も違いますから。意外と上司側が気にしているだけで、部下側は別に沈黙があっても平気かもしれませんし。

――ザツダンや1on1をする中で、部下から話をそらされてしまうような感覚を受けることもあるかと思います。その場合どう対応したらいいと思いますか?

何か言いたくない事情があるかもしれないので、そのまま話をそらしていくといいと思います。友人との会話でも「この話したくないんだ」と思ったら、まず 1回受け止めて別の話題に変えたりしますよね。あとは「この話がしたいんだけど、大丈夫かな?」と聞いてみるのも 1つの手だと思います。あらかじめ断れる余地を残しておくことで、部下側が嫌だった場合に断りやすくなるので。

一方で先程お話したように、私情を落ち込まないことを美徳とする職場も多いですから、部下側が自分の気持ちの言語化に慣れていない可能性も考えられます。普段からあまり自分の気持ちを言葉にする習慣がないと、何を話していいかわからなくなるケースは結構ありますので。

これは1on1が失敗する大きな原因でもあるのですが、「職場で自分の気持ちを喋ってはいけない」と思い込んでいる人が多い。「評価が下がる」「バカだと思われるんじゃないか」と考えて何も話せないというケースが見られます。

サイボウズにおけるザツダンの理想は、お互いの気持ち・感情のキャッチボールができることです。「嬉しかったです」「ワクワクしました」「不安です」など気持ちの言葉のやり取りができる雰囲気が、すごく大事なんです。

笑顔で話す様子のなかむら。

――サイボウズ社員の中にも、ザツダンに苦手意識を持っている人もいたりするのではないでしょうか?

うーん、あまり聞かないですね。そもそもサイボウズでは、人を見る「ヒューマンリソースマネジメント」と、プロジェクトを見る「プロジェクトマネジメント」の担当者が分かれています。そのためザツダンに苦手意識を持っている人は、そもそもヒューマンリソースのマネジャーを務めていないケースが考えられます。

一般論で言うと、「マネジメントは管理」というイメージを持っている人は、苦手意識を持っているかもしれませんね。その考え方だとどうしても上下関係が入ってきて、仕事の進捗の話に終始しがちになり、マネジャー自身にも負荷がかかります。

そのため「マネジメントは対話」という意識が大切だと伝えています。元々1on1を導入するのはコミュニケーションを増やすためです。その目的が「管理」に置き換わっちゃうと、やっぱりメンバーは心を開かない。まずは「この人と話せてなんか安心した」といった対話を積み重ねることが大事だと思っています。

サイボウズで広がる「ログ」公開の動き

――ザツダンが多くなると、マネジャーもどんなことを話したか忘れてしまって、次回以降のコミュニケーションに活かすことができない、という問題が起きてくると思うのですが、どうされていますか?

実際、1on1を実施している他社のマネジャーからは「誰と何を話したか忘れてしまう」と相談を受けることがあります。それに対しては「忘れてしまうのは仕方がないので、ログをとってください」とお答えしています。

また、パーソル総合研究所の上席主任研究員である小林祐児さんは、「1on1は上司・部下間でコミュニケーションが閉じ、話し合われた内容がブラックボックス化する欠点がある」という旨の指摘をしています。そうした欠点を補うため、最近サイボウズではザツダンのログを全社公開する人もいます。

もちろん公にしたくない話については、当事者間のみ見られるように設定することもできます。

kintoneを活用したログの例。公開範囲を自由に設定できるので、公にしたくない話については、当事者間のみ見られるように設定しながら、可能な範囲で公開している
実際に公開されている、とあるログの中身。日頃からメンバーの感情と向き合うコミュニケーションが活発に行われている

実際ログを公開しているメンバーからは「文字にすることで自分の考えがより深まった」「あまり状況が見えなかったメンバーの様子も掴みやすくなった」「その人の決断や方針の背景にある考えや苦悩が見えて、より共感しやすくなった」といった声が寄せられています。

さらに、公開されているログを見たメンバーから「これ自分も課題だと思っていたので、いっしょに解決しませんか?」と提案があったり、「これに興味があるなら、この仕事をお願いしてみよう」と相談しやすくなったりと、自発的な行動に結びつくこともあります。

このようにチームメンバーがお互いのタスク状況のみならず、プライベートな話も含めて状況を共有することで、より円滑なコミュニケーションを取りやすくなるのです。

関連スライド:チームの仕事はまわっていたけど、メンバーはそれぞれモヤモヤを抱えていた話──40名の大規模開発チームで1on1ログを公開してみた / opened 1on1 logs - Speaker Deck

スキルや上下関係ではなく、「相手にしっかり意識を向ける」姿勢を大切に

――メンバーとより良い関係を築くうえで、上司側はいろいろ押さえるべきポイントがあり、大変そうですね。逆に、部下側から何かアプローチできることはあるのでしょうか?

はっきりと「こういうところを助けてほしい」と話したり、「なんかできることありますか?」って聞いたりすることでしょうか。上司として、「部下を支援できた」っていう喜びは大きなものなので、そういう部下の存在はありがたいものです。

その点でいうと、逆に上司が部下に対して「こういうことを助けてほしい」と伝えるのもおすすめです。以前、ザツダンの中で英語のできる部下に対して、上司が「最近英語の勉強をしているので、いろいろ教えてほしい」と言い、盛り上がったケースがあります。

ザツダンの場で上下関係があると「『助けてほしい』なんて言っちゃダメかな?」と上司側としては思いがちですが、「そういえばこの人これ得意だったよね。こういうことを教えてほしいな」とフラットに考えると、言いたいことや話したいことも出てくるような気がします。

言葉にすると当然のことと思われるかもしれませんが、結局のところ、コミュニケーションは双方向的なものです。その本質は「相手にしっかり意識を向ける」ことであり、そこを心がければ、より良いコミュニケーションの取り方が自然と見えてくるはず。1on1に「正解」はありませんが、サイボウズのようにザツダンという形ではじめてみるのも一つの形かもしれません。

関連リンク

企画:今井豪人(サイボウズ) 執筆:中森りほ 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)

OFFICIAL SNS

Share