テレワークでは「ゼルダの伝説、初クリア」も大事な情報? 「コミュニケーションの見える化」3つの方法を専門家に聞いてみた
コラム
THE HYBRID WORKでは、「ハイブリッドワークの時代に求められるコミュニケーション施策」をテーマに、パーソル総合研究所の上席主任研究員・小林祐児さんとサイボウズの代表取締役社長・青野慶久の対談を実施しました。
前編では、テレワーク関連の調査に長年携わってきた小林さんの知見をもとに、日本でのテレワークの現状や課題を解説。日本人が安心して働くためには「関係性の地図(誰が誰とどのような関係にあるのか)」が大事であることを示し、テレワークではコミュニケーションを「見せる」発想が大事だと話してきました。
後編では、コミュニケーションそのものを「見える化」するためのメソッド、それにまつわるサイボウズの取り組み、ハイブリッドワーク下でイノベーションを起こすために求められることまで、話を広げて語り合いました。
小林 祐児(こばやし・ゆうじ)
パーソル総合研究所上席主任研究員。上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年パーソル総合研究所入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行なっている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。総務省の「『ポストコロナ』時代におけるテレワーク定着アドバイザリーボード」にも有識者として参加。
青野慶久(あおの・よしひさ)
サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年に現職に就任し、現在はチームワーク総研所長も兼任している。
目次
コミュニケーションを見せるための「3つの方法」
青野:これまで、社内の「関係性の地図」を更新するためには、コミュニケーションそのものを「見える化」することが必要だと教えていただきました。具体的にはどうすればいいのでしょうか?
小林:コミュニケーションを「見える化」するためには、ツール・ルール・ログの3つの方法をまず押さえることが大事です。
(1)ツール
ICTツールは、いろいろなコミュニケーションを「見える化」するためのインフラ。チャットツールやSNSだけでなく、バーチャル・オフィスなど活用できるツールはたくさんある。「Zoomを導入したからOK」と満足するのではなく、積極的にツールに投資し、工夫し続けるスタンスが大事。
(2)ルール
自組織・チームに合ったコミュニケーションの方法(ローカル・ルール)を決めること。細かい工夫はツールとセットにしていく。たとえば、Web会議の「終わりの5分」ルール。会議終わりの5分間は残れる人が残って振り返りをすると決めておけば、「5分間残って」とわざわざ言わなくてもコミュニケーションが発生する。
(3)ログ
議事録やビジネスチャットなどのログをオープンにすること。日本人にとってコミュニケーションのログは、いわば「関係性の足跡」。ログを見れば、「AさんとBさんは、よく話しているな」「この件について、誰も話し合わないな」といったことがわかる。これによって既存社員だけでなく、新入社員も社内の関係性をつかみやすくなる。
青野:なるほど。コミュニケーションの手段としてツールは欠かせないですが、単に導入するだけじゃ不十分ですよね。コミュニケーションを「見せる」ためのルールを設定し、そのログをオープンにしていくことも一緒にしていく必要がある、と。
小林:そうですね。補足すると、ルールについてはツールの使い方だけではなく、テレワークの運用全般においても当てはまります。
たとえば、多くの会社では「テレワークは最低週▲日、出社は最低週●日」と最低日数でルールを決めようとしています。しかし、そうするとまったく出社しない人や無駄に出社している人を注意しづらくなるんです。たとえば「出社は最低週2日」のルールにすると、毎日出社している人はルールを守っているので組織としては何も言えなくなります。
一方、「目安」にすれば、テレワークと出社の比率がアンバランスな人に「テレワークは週2日が目安だから、もっと出社してみようよ」と言えるようになります。また、従業員側も全体の出社率を把握できるので、オフィス設計やテレワーカーの不安・孤独感をコントロールしやすくなるでしょう。
青野:お話をお伺いしながら、サイボウズは基本的にすべてのコミュニケーションがkintone上でオープンになっているなど、「見せる」ことを前提とした設計になっている、とも言い換えられるなと思いました。
こうした下地があったからこそ、テレワークへの移行も比較的スムーズにできたんだろうなと思います。
小林:会社のカルチャーとして「見せる」発想が備わっていると、たしかにテレワークにおけるコミュニケーションの課題は乗り越えやすそうですね。
青野:ええ。ただ、「見せる」って結構勇気いるんですよね(笑)。
たとえば、サイボウズでは経営会議・事業戦略会の議事録も全社公開しているため、僕がマネジャーからダメ出しされているところも全部丸見えになっている。自分の考えの甘さまでオープンになってしまうから恥ずかしいし、「社員にバカだと思われるんじゃないか」という怖さもあります。
青野:でも、丸見えになっているからこそ「青野さん、こうしたほうがいいんじゃないですか?」といろいろな人からツッコんでもらえて、結果的に意思決定の精度を上げられる。
「見せる」ことに慣れてしまえば、それよりも遥かに大きなリターンがあるので、どんどんオープンにしといたほうがいいなと思います。
コミュニケーションを見せるための「4つの方向」
小林:これまで、コミュニケーションを見せるための「3つの方法」についてお話ししました。でも、社内の「関係性の地図」をつくるためには、上司・部下や部署内など、コミュニケーションを特定の関係だけに閉じてしまっては意味がありません。
そこで、ヨコ・シタ・ナナメ・ソトの「4つの方向」において、コミュニケーションを「見える化」することが大事です。
(1)ヨコからの見える化
マネジャー同士のコミュニケーションの機会を増やし、部門間のマネジメント連携を強化すること。テレワークでは部門間のコミュニケーションが失われがちで、「隣の部署は何をやっているんだろう?」となりやすい。マネジャー同士が職場で起こっている問題や部下へのフィードバック、評価などについて話し合う場を定期開催することなどが求められる。
(2)シタからの見える化
経営会議の議事録をすべて公開するなど、上層部のコミュニケーションを発信すること。とくにコロナ禍以降、働き方の試行錯誤はずっと続いている状態。上層部だけで話し合って決めるのではなく、「みんなでまだまだ考えていくんだ」というスタンスを示すことが望ましい。
(3)ナナメからの見える化
上司-部下関係「以外」の人とのコミュニケーションの機会を増やすこと。複数人での面談などを取り入れることで、新しい話題や視点を取り入れられるだけでなく、関係者にどこまで内容が共有されているのか確かめる必要がなくなる。
(4)ソトからの見える化
自組織にいるメンバーに対して、他組織とのネットワーキング支援を行うこと。これは、とくに新人に対するオンボーディングにおいて重要。新人は「外の組織」にいる人たちとつながり、自分たちとの違いを知ることで、自組織の特徴を知れる。自組織に馴染むのも早くなる。
青野:ナナメの方向の観点では、上司・部下間の1on1にこだわらないほうがいいんですね。
小林:そうですね。昨今1on1を増やしている企業も多く見受けられます。しかし、1on1は上司・部下間での「手紙モデル」の典型であり、コミュニケーションの内容がブラックボックス化する欠点があります。ですから、上司・部下間にこだわらず、多様な関係性のなかで1on2や2on2などを実施する機会を増やしてもいいと思います。
小林:ソトの方向において補足すると、一般的に企業は新人を組織に馴染ませるために、歓迎会や現場でのOJTなど、自分たちの組織に閉じた「クローズド・オンボーディング」を行ないます。
しかし、わたしは「オープン・オンボーディング」を勧めています。オープン・オンボーディングとは、新人を自分のチームや配属先の部署だけでなく、他部署の人へと積極的につなげたり紹介したりして、機会をつくろうと支援することです。
実は、新人が他組織に自分たちについて話すことで、自組織に馴染むのが早くなるんです。実際、パーソル総合研究所の調査によれば、組織外の他者との接触頻度が高い転職者ほど、転職先を「うちの会社」と呼びはじめる時期が早いことがわかっています。
オンライン上に情報をばら撒けば、「関係性の地図」を開拓できる
青野:テレワーク中心になってから、サイボウズでは「見せる」意識が高まったように感じます。その最たる例がおそらく「分報」です。これは社内版Twitterのようなもので、その時々で感じたことや興味があることなど、みんなが好きなことを自由に書き込む取り組みです。
この前、僕が分報で「最近、ゼルダの伝説をプレイしている」とつぶやいたら、いままで話す機会がなかったメンバーから「青野さん、ゼルダの何シリーズをやっているんですか?」と返信が来て、分報上で会話が盛り上がったんです。
青野:そんなふうに偶然出会った人と雑談できるのは、分報でコミュニケーションを見える化しているからでしょう。見える化によって「この人は自分と関係があるな」と少しでも感じることができれば、人間関係を広げる一歩を踏み出しやすくなりますよね。
ちなみに、これが実際の分報の画面です。分報を見れば、どこにいても「いま、誰が何をしているのか」「この人とこの人は、こういうやりとりするんだ」みたいなことがわかります。
小林:おもしろいですね!とくに日本人は、こういう情報から社内の「関係性の地図」をつくることが得意なんですよ。
青野:それはすごく感じます。分報でゼルダの話で盛り上がっている僕たちを見て、周囲の人は「軽い話題でも関係性がつくれるんだ」と思ってくれるかもしれない。そうなれば、僕に気軽に話しかけやすくなるはずです。
それに自分の分報に付いた「いいね」などのリアクションで社内の関係性が垣間見えます。誰が読んでくれたのか、誰が共感しているのかわかるから、社内の「関係性の地図」をつくり出しやすくなるんです。
だから、「どうでもいい情報」を含めて、いかに情報をたくさんばら撒けるかが大事なのかな、と。その情報がヨコ・タテ・ナナメの関係性を乗り越え、開拓していくきっかけになるので。
小林:おっしゃるとおりです。その点、わたしが最近注目している取り組みが、目標の公開です。「今期、隣の人が何を目指して働いているのか、わかったほうがよくないか?」という発想ですね。これは今後広がっていくかもしれません。
青野:みんなで知っておいたほうがいいことって、たくさんありますよね。目標の共有によって、別部署の人同士がつながれたりすることがあるので。サイボウズでも、行動指針(Action5+1)にもとづく各メンバーの目標を公開しています。
青野:また、自分の希望するキャリアを全社に公開する「Myキャリ」という制度もあって。たとえば、あるメンバーが「3年後には実家のある関西に帰りたいです」と書いたら、翌週にはその書き込みを見た関西メンバーから「いつでもお待ちしています!」と連絡が来ていました。
そんなふうに、社内にはメンバーの書き込みをずっと見ている人がいるんですよね。その人たちに見つけてもらうためにも「検索できる」ことは大事なのかな、と。
小林:たしかに「検索性」は重要かもしれないですね。とくに一定規模の企業になると、全員の情報に目を通せなくなってきます。そのとき、タグ検索機能や指定キーワードの書き込みに対して通知する機能などがあれば、欲しい情報にアクセスしやすくなります。
「理想」があることで、いまの関係性を崩さずに新しい挑戦を尊べる
青野:社外でサイボウズの分報を紹介すると、「仕事中にそんな自由につぶやいていいの?」と言われたりすることがあります。
小林:分報などでつくり出した「関係性の地図」は、水平的コーディネーション(※)を促進します。「この人にはなんでも相談しやすい」「この人を動かせば、この部署は動いてくれるんだな」みたいなことを検知しやすくなるので、ヨコの協働にはプラスなんです。
※現場・ライン(管理監督者)間のコミュニケーションや調整のこと。いわゆる「ヨコのつながり」であり、日本の企業組織においてはこの特徴が強く出ている
ただ、それが単なる「馴れ合い」のようになってしまうと、イノベーションを阻害する可能性も出てきます。たとえば、新しいアイディアを導入しようと思っても、「変える際は、このシステムも変更しなければいけない」とか「変えたら、あの人が反対しそう」と考えて、アイディアを引っ込めてしまうわけですね。
社内の「関係性の地図」を気にするからこそ、業務の相互依存性が強い職場ほど、細かい変化を起こしにくくなります。私はこれを「変化抑制」のメカニズムと呼んで、実証的に確かめています。
青野:なるほど。関係性を馴れ合いにしないために、僕は「理想」をもつことが大事だと思っていて。
たとえば、サイボウズはいま売り上げが順調に伸びているため、一歩間違うと「これでいいじゃん」と現状に甘えてしまうかもしれません。そのとき、僕らの理想である「チームワークあふれる社会を創る」を達成できているのか自問してみる。すると、「『社会』ってもっと広いよね。世界人口80億人のうち、サイボウズがアプローチできているのは、まだ数%なんだよ」と気づけるわけです。
その自問自答があるからこそ、ともに理想に向かうサイボウズのみんなも「いまのままじゃダメだ」と思えるようになるんです。そして、新しいチャレンジをしてくれる人を尊び始めて、いまの関係性を壊さずに新しいチャレンジができるようになる。
小林:理想と現実のギャップを問い続けることで、理想に近づくためには新しい取り組みが必要だと気づけるわけですね。
青野:そうです。世界最先端のイノベーション理論「両利きの経営」の解説書によれば、関係性を壊してチャレンジすると成功確率が下がってしまうそうです。リソースをたくさん持っている人たちが協力してくれず、足を引っ張ろうとするので。
だから、大事なことは関係性を維持したまま、いかに高い理想のほうへとみんなを向かわせるか。そのために、僕は分報で「全然、足りないよな」とぼそぼそとつぶやくわけですよ。そうすれば、いま売り上げが伸びていることに喜んでいるメンバーにも僕の視点を見せることができるので。
小林:なるほど! しかも、会社の中で最も影響力がある社長(青野さん)がそうつぶやくからこそ、「このメッセージ、社内全体に広がっているだろうな」と社員みんなが思えるわけですよね。
個人が新しいチャレンジをためらわないよう、全員が「うちの会社は新しい変化を起こすことを歓迎してくれるだろう」と思える状態にする。そうして、「変化を起こすこと=負荷」と感じさせないことが、イノベーションを起こす上で大事なんです。
(企画:今井豪人/サイボウズ 執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海/ノオト)
ポスト・コロナの働き⽅ ”まだらテレワーク”時代の組織を科学する(提供:パーソル総合研究所)
一部出社する人と一部テレワークする人がまだらに存在する時代、組織内のコミュニケーションはどう設計すべきか? 本記事で一部抜粋したパーソル総合研究所 小林様の資料をダウンロードいただけます。【今すぐダウンロード】