リアルのつながりも、仕事の中で「思い出」を作るためには必要だと思うんです──ベイジ代表・枌谷力がたどり着いた、ハイブリッドワーク時代の組織・評価・文化の考え方

コラム

コロナ禍によるテレワークの広がりによって、マネジャー層の課題となっているのが、部下の様子が見づらくなり、評価が難しくなったこと。一方で、若手層はテレワークの継続を望む声が大きく、会社に自由度の高さを求めています。

オフィスワークか、テレワークか。この2つの選択肢を対立させるのではなく、時と場合に応じて使い分けていくのが「ハイブリッドワーク」という働き方です。

今回ハイブリッドワークに関する情報を届けるメディア「THE HYBRID WORK」(以下、THWサイト)を新たに立ち上げた、サイボウズコーポレートブランディング部長の大槻 幸夫は、サイト制作・ブランディングを担当した株式会社ベイジ代表取締役の枌谷 力さんと対談。

組織をマネジメントする立場から、制作の経緯やテレワークの課題、ハイブリッドワークの実施状況、その中でのコミュニケーションや評価のあり方などについて語り合いました。

枌谷さん、大槻の写真
左:枌谷さん、右:大槻

枌谷 力(そぎたに・つとむ)

Web制作会社の株式会社ベイジ代表取締役。1997年NTTデータ入社。4年間の営業経験の後、Webデザイナーに転身。Webディレクターなどを兼務するようになった後、2007年にフリーランスとして独立。2010年にweb制作株式会社ベイジを設立。現職はB to Bマーケティング、戦略コンサル、UXデザイン、アクセス解析を得意分野とするデザイナー兼経営者。

大槻 幸夫(おおつき・ゆきお)

サイボウズコーポレートブランディング部長。オウンドメディア「サイボウズ式」の初代編集長。出版事業「サイボウズ式ブックス」の編集長。ブランディングムービー「大丈夫」、テレビCM「がんばるな、ニッポン。」などを担当。2021年12月にハイブリッドワークに関する情報を届けるメディア「THE HYBRID WORK」を新たに立ち上げた。

リモートでの制作のコツは、形式化とフィードバック会

大槻:改めまして、この度はTHWサイトの制作にご協力いただき、ありがとうございました。実はずっとオンラインでやりとりしてきたので、リアルで会うのは今日がはじめてなんですよね(笑)。

枌谷:そうなんですよ(笑)。最近はスタッフ同士のやりとりだけでなく、クライアントとの商談や打ち合わせもオンラインになってきて。先日も、制作後の打ち上げで「そういえば対面で会うのははじめてですよね」ということがありました。

顔を見合わせて談笑する枌谷さんと大槻の写真

大槻:ベイジでは度々あることなんですね! 今回のTHWサイトの制作では、kintoneを使ってやりとりしましたが、いかがでしたか?
 
枌谷:業務の話もしつつ雑談もあり、会話感があってサイボウズの企業文化が反映されていると感じました。製作中にフィードバックもたくさんいただけたので、とてもスムーズにやりとりができました。

「デザイン/イラスト」など各テーマごとのコミュニケーションのkintone画面 「デザイン/イラスト」など各テーマごとのコミュニケーションのkintone画面
ベイジとサイボウズが実際にやりとりしていたkintoneの画面。「デザイン/イラスト」など各テーマごとのコミュニケーション(左)と、Webサイトの修正についてやり取りするタスク管理(右)をすべてkintone上で行なった。

大槻:なるほど。僕らもやりとりしているなかで、ベイジのみなさんのキャラクターを感じられました。テレワークにおいて、クライアントとの信頼関係の構築は課題だと思うのですが、何か意識されていることってありますか?
 
枌谷:テレワークになったからといって特別意識していることは、実はあんまりなくて。ただ、クライアントの信頼をどう高めるかはずっと考えており、この2年間で始めたことが2つあります。

1つは、訓練次第で誰でも習熟できるよう、基本的なWeb戦略の検討プロセスをメソッド化したこと。とくにBtoBマーケティングでは、ある程度検討の流れや視点が決まっています。なので、メソッドに従ってディスカッションを繰り返し改善することで、誰でも事業に直接貢献するコンサルテーションが可能になり、それによってクライアントの満足度を高められないかと考えました。
 
もう1つは、フィードバック会を設けたこと。プロジェクト中クライアントが「何か違う」と感じても伝える機会がないため、プロジェクトの後半で意見が爆発してしまうことがあって。意図的にベイジ側がオンラインで不満を吸い上げるオフィシャルな場を設けることで、クライアントに納得いただける制作がしやすくなりました。

身振り手振りで説明をする枌谷さんの写真

経営者として社員の働きやすさ、幸せを追求した結果ハイブリッドワークに

大槻:コロナ禍になってから2年ほど経ちましたが、テレワークのノウハウは溜まってきましたか?

枌谷:コロナ禍の当初はリモートワークに抵抗があったり、不調を抱えたりする社員もいました。ただ2021年からは、みんな自分のスタイルを見つけている感じがあります。

いまは基本テレワークとしながら、「オフィスに来てもいいよ」というハイブリッドワークにしていますが、これがよかった気がしますね。「絶対在宅で仕事をしなさい」というのと「在宅でも、オフィスでもいいよ」っていうのはやっぱり全然捉えられ方が違いますから。

組織の安定度を測る調査サービスの数値も弊社は70.8(上位1%)だったので、いまのところ大きな問題は生じていないのかな、と。ただ、社員一人ひとりの真意はわからないので、経営者としては常に怖さはあります。

大槻:コロナ禍当初から、いまのようにオフィスワークとテレワークのバランスを取っていたんですか?

枌谷さんの方向を見て身振り手振りで話す大槻の写真

枌谷:いえ実は僕、コロナ禍前はテレワーク反対派で(笑)。「リモートなんて社員が何をしているかわからないし、教育もできないし、評価もできないし無理だ」と思っていたんです。

でも、コロナ禍が始まり強制的にテレワークになると「意外といいじゃん」と。そこでテレワークを広げていくわけですが、やっぱりメンタルの問題などが出てきました。これはうちの会社に限ったことではなく、経営者仲間からは、社員のメンタル不調が増えたという話をよく聞きます。仕事以外で外とつながりの少ない社員が多いことも懸念していました。
 
そこで第5波が落ち着いた2021年の秋頃、出社した際には各チームメンバーと週1で焼肉を食べに行くようにしました。そこで「リアルな会話じゃないと築けない関係性がある」と実感したんです。
 
大槻:リモートだけのコミュニケーションに難しさを感じた後、リアルのよさを再認識してバランスをとるようになったわけですね。枌谷さんの考える、リアルのよさとはどういったものでしょうか?
 
枌谷:経済合理性と関係ない話をすると、僕は仕事で出会った社員やお客さんと「あのときあんなことがあったよね」と思い出して笑ったりする瞬間が幸せだと思っていてテレワークだとそういう「思い出」ができない気がしたんですよね。

もちろんリモートでも仕事は進みますし、利益も上げられます。でも、「○○さん、あの時変な格好してたよね(笑)」「あの時めっちゃ大変で、飲みに行くといつも悩み相談会だったよね」といった話はできないな、と。そういった笑い話とか、苦い経験って、振り返るといい思い出になってたりするんですよね。
 
大槻:リアルだと五感で記憶が残るけれど、リモートだと全部のシーンがZoomになっちゃいますからね……。
 
枌谷:そうなんです! 会社っていつかはみんな辞めると思うんですけど、個人的に「ベイジで年収は上がりましたが、思い出はありません」では寂しいと思っていて。良い悪いどちらも含めて思い出に残るのは、リアルな出来事ですよね。そう考えた時に、リアルを排除した会社にすることが、僕が思い描く「社員の人生が充実する会社」のあり方とは違うと思ったんです。
 
大槻:仕事を通して充実感を味わってもらうことなど、根本的な社員の幸せを考えることって経営者として大事なことですよね。

お互い顔を見合わせて話し合う枌谷さん、大槻写真

社員同士の会話の質を高めることが、企業文化を育む

枌谷:サイボウズでは「分報」という取り組みを行なっていると聞いておりますが、どういったものなのでしょうか?

大槻:社員がスキマ時間に「今週末のイベント楽しみだなー」とか「うわぁぁあ! 失敗した!」とかTwitterのように使う自由なつぶやきです。

サイボウズではこの分報がコロナ禍で活発になり、kintone上の流通データ量が以前の5倍ぐらいに増えました。

こういったつぶやきがきっかけで生まれる会話もあり、テレワークをする上で重要なコミュニケーションになっています。だから離れて働く上で、会話のきっかけとなるつぶやきが気軽にできることは、すごく大事だと思うんですよ。

僕は企業文化を生み出すのは、「会話」だと考えていて。働き方改革において、人事制度など組織の箱をいじる企業は多いですが、その中身である会話の頻度を上げようとしている企業はあまりないんです。「会話」は離れて働く上でより欠かせないもので、オンライン上でみんなが気軽につぶやける場所はすごく大事だと思います。

枌谷:「企業文化を生み出すのは会話だ」って、思わずツイートしたくなる名言ですね(笑)。会話を増やして、社員のつながりを強くすればするほど、企業の文化が強くなるってことですよね。その手段の1つとして、サイボウズではkintoneというツールや分報などの取り組みがある、と。
 
大槻:そうです、そうです! これからの時代に必要なのは意見を表明しやすい、言いやすい風土だと思っています。ささいなつぶやきが最終的に会社の制度を変えるような意見になったりもしますから。そういう意見が出てこないと、真っ当な会社にならないと思うんですよ。
 

枌谷ハイブリッドワーク時代に感じるのは、企業がマネジメントの一環としてオフィシャルに雑談の場を作っていく必要性です。昔は「気になる人がいたら声をかけてあげてね」と、雑談も各々のセルフマネジメントに任せていましたが、テレワークではそうはいかない。逆に「雑談をさせない文化を作ろう」というのは怖いと感じるほどです。

ハイブリッドワークでの評価はシンプルに。重要なのは「納得感」と「会話」

大槻:先ほど枌谷さんは「テレワークだと評価できないと思っていた」とお話しされていましたが、現在はどのように社員の評価を行っていますか?
 
枌谷:ちょうどコロナ禍前に評価制度を作り直したのですが、コロナ禍を機に今年また評価制度を作り直そうとしています。弊社の評価制度はアップデートされる度にシンプルになっているんですよ。
 
大槻:シンプルにするのはなぜですか?
 
枌谷:リモートでも評価のプロセスをちゃんと回すためですね。リモートだとリアルよりも情報量が減るので、「困っている社員を助けているかどうか」といったことがわからない。だからこそ、オンラインで見える範囲でのコンピテンシー(能力・適性)の評価に加え、定量的な評価の割合を増やす形にシフトしていこうかと思っています。
 
大槻:それは社員全員、同じ評価基準なんですか?
 
枌谷:軸は同じですが、職種によって言葉を変えていますね。マネジャー層などは「会社の方針を示し、部下を育てることができる」など抽象度の高い形ですが、アシスタントなど経験の浅い人は抽象度が高い評価基準だと解釈が異なってきます。だから、「JavaScriptのレベルはどれくらい?」というように具体的な言葉にしています。
 
会社って基本、市場から評価されてお金をもらうし、働く僕たちも誰かから評価されてお金をいただくので、ドライな話ですが自己評価ってあまり参考にならないと思うんです。だからこそ大切なのは、評価者と被評価者がおたがいに納得感を持つことだと思っていて。

そうすれば定量的な評価がなくても、社員も働くモチベーションを維持できると思うんです。とくにある程度の経験があって、プロフェッショナルマインドが形成されている人は、評価についても抽象的なレイヤーで合意する形でいいかな、と。

大槻の方向を見て話す枌谷さんと大槻の後ろ姿の写真

大槻:なるほど。ただ、それって評価される側からすると「見てくれているな」という実感がないと、納得感を持てないですよね。ハイブリッドワーク時代において「見てくれているな」と部下に思ってもらうために、評価者側がするべきことは何でしょうか?
 
枌谷:それも「会話」だと思っています。弊社では「君にはこういうことを期待している」「これはできているけど、これはできてないよね」と話す機会を最低でも月1回、入社歴が浅い人なら週に1回は設けています。1年に1回評価制度だけやっても、評価される側は見てもらっている実感がなく、評価に対しても納得できないと思いますから。
 
大槻:なるほど。サイボウズの場合、マネジャーとの会話だけでなく、先ほどの分報のようにメンバー同士が助け合っている姿も見えるようにしています。マネージャーが具体的な会話を見ているから、離れていても納得のいく評価コミュニケーションができるのかなと思います。

ベイジのようにテレワークで見えないから「評価をシンプルにする」のか、サイボウズのように「見えるようにする」のか、会社の状況は違うので、それぞれアプローチが違っておもしろいですね。

ハイブリッドワーク時代は、組織構造や経営スキルの育成も見直していくべき

枌谷: とはいえ僕も社員を見る側として、最近限界が来ていると感じます。だから、1人で見るのは5人までに制限するなど、テレワークをする上で組織構造を変える必要があると思っています。
 
大槻:そうですよね。サイボウズのマーケティング本部でも、マネジャー陣をチーム化したんですよ。たとえば、部下とうまくいかないコミュニケーションがあった時に、そのチームに相談を持っていって、チームとして対応するようにしました。これによってマネジャーたちも悩みを一人で抱え込まずに済むようになるんです。ハイブリッドワーク時代のマネジメントは、マネジャー一人当たりの負担を減らすこともすごく大事でしょうね。
 
枌谷:相談できる相手がいることで、組織としてうまくいくことはありますよね。いまのお話を伺って、弊社の改善を考えるチームでも、マネジメントの悩みを話せる場を作りたいと思いました。

説明する枌谷さんの手にフォーカスした写真

大槻:マネジメントの延長線の話になるのですが、社員の経営スキルを育成したいと考えたとき、わたしは意思決定の場を見せることって大事だと思っていて。

サイボウズの場合、経営会議もkintone上でオープンに行います。社長の青野が事業計画を立てる際も、パワポでスライドを作るところをZoomでライブ公開しています。ベイジでも何か経営スキルの育成に関して、行っていることはありますか?
 
枌谷:経営に近い仕事に興味があるメンバーには、僕のそばで仕事を見てもらって「なぜこういう意思決定をしたのか」を伝えるようにしています。経営者の感覚って、本を読んだだけでは身につかないと思いますので。
 
経営スキルを伝授する上で重要だと思うのが、「うまくいかないとき」にどう経営者として立ち回るか。それはオンラインに載せられない振る舞いだったりするんです。たとえば事業が成り立たなくて数字が上がらなくなったときの対応って、オープンにできない話もある気がしていて。だからこそ適度にリアルもおり混ぜつつ、うまく伝えていく必要があると思っています。
 
大槻:プライバシーにかかわる情報、機密情報などは、サイボウズでもアクセス権をかけたり参加者を限定するなど管理を徹底しています。ただ、こういう仕組みって、どんどん安全側に倒されて情報が見えなくなっていくんですね。なので、「その情報は本当に非公開にすべきなのか?」「早めに公開できるようにすることはできないか?」ということを常に問う姿勢は重要なのかなと思います。

ハイブリッドワークになっても、組織が大事にする本質は変わらない

大槻:ハイブリッドワーク時代に、ベイジとして思い描いていることやチャレンジしたいことはありますか?
 
枌谷:いまいるメンバーや、今後の事業展開にとってよいと思うチャレンジはしますが、意気込んで新しいことをしようとか、何かを変えようとは思っていません。​​いまは50人規模の会社ですが、100人になっても大丈夫な組織を作っておこうとはしています。とくに自分がいなくても回る組織づくりに注力したいと思っていて。それは社員の力を開発することにつながるので。
 
大槻:新しい組織のあり方ですね。コロナ禍を通じて自分の中の当たり前をアップデートしなくてはいけない機会も多いと思うのですが、つらくなったりしませんか?
 
枌谷:つらいほどではないですが「今後も40代後半の僕が会社を率いていていいのかな?」という感覚はあります。いまって20代、30代の社長が率いる会社も出てきていますし「僕の考えじゃなく、社員の考えでやればいいんじゃないかな」と思ったりするんです。

なんなら、僕が一切何も言わなくなったほうが会社は成長するんじゃないかなって。それって会社としては強いシステムを作り上げたってことだとも思うんです。今後は僕がマネジメントする領域を減らして、若い人の力を借りていきたいですね。

ややはにかむ枌谷さんと、うっすらぼやけて映る大槻の後ろ姿の写真

大槻:それはさきほど枌谷さんが話していた「人生が充実する会社」にもつながりそうですよね。今日お話を伺って、状況に合わせて、自社なりの工夫を何度も繰り返すことが大切だと感じました。結局、ハイブリッドワークになっても、組織が大事にすることの本質は変わらないのだな、と。

社員の幸せを考えた先に、100社100通りのハイブリッドワークの形がある。わたしたちもこの先、成功や失敗を繰り返しながらサイボウズ流のハイブリッドワークを進化させていくと思いますが、これらもこのサイトで赤裸々に公開していきたいと思います。

企画:鈴木瑛里加・今井豪人(サイボウズ) 執筆:中森りほ 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)

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