「口頭ではうまく伝わるのに……」なんてそもそも幻想──上司がテキストコミュニケーションを怠れば、テレワークは必ず崩壊する
コラム
「文章では言いたいことが伝わらず、直接話したほうが早い」「テキストだと冷たい印象となり、威圧的に思われるのでは」。
部下とのテキストコミュニケーションのなかで、こんな不安や苛立ちを感じるマネジャーは少なくないでしょう。最近では心理的安全性への配慮から、部下を傷つけないような伝え方に頭を悩ますことも。
コロナ禍以降に広がったテレワーク中心の働き方で、どうすればスムーズに心地よく業務を行えるのでしょうか? テキストコミュニケーションでの誤解を減らし、生産性を高めるためのヒントを2014年の創業時からテレワークで会社を運営している株式会社キャスター取締役CROの石倉秀明さんに教えていただきました。
目次
口頭でもテキストでもコミュニケーションには語弊が生じる
――石倉さんは、対面でのやり取りではスムーズに伝わったのに、テキストでのやり取りでは誤解が生じるようになったという経験はありますか?
ありませんね。そもそも、テキストに限らず口頭でのやり取りでも、コミュニケーションには誤解が生じるものです。一緒に過ごす時間が長い家族や友人であっても、何かしらの誤解が生じて、完璧に伝わらないのが“普通”です。
にもかかわらず、「口頭では正確に伝わっていた」という前提に立って、「テキストだと齟齬が起こるし、感情が伝わらない」と考える人が多いんです。そもそも対面でもできていないことを、テキストになった途端、急にできるわけがありません。
だから本来は、「伝わらない」という前提に立ち、相手に伝わるように工夫する必要があるわけです。
――たしかに、口頭でも誤解は生じていますね。テキストコミュニケーションが苦手なのは、書くのに時間がかかってしまうという理由もあります。この場合、どうすればいいと思いますか?
そういう人はまず、「仕事で伝えるべきことを整理する能力が足りない」と自覚する必要があります。テキストに慣れていないわけではなく、口頭でも伝えるべきことを整理できていないんです。
だから、「メールだとうまく伝えられないので、お電話してもいいですか?」と言う人が、電話でわかりやすく話せるのは稀だと感じます。書くのが遅くなるのは、テキスト自体の“性質”ではなく、伝えたい内容を整理する“能力”に課題があるのだと思いますよ。
伝えたい内容を整理するための「フォーマット」
――伝えたい内容を整理するためには、どんなことを意識すればよいでしょうか?
仕事の文章は、「地図」と同じです。現在地と目的地、かかる時間や目印となる建物、迂回などの注意点がわかる地図であれば、誰でも目的地にたどりつけるようになりますよね。
これを仕事の文章に置き換えると、以下のようになります。
- 現在地→現状報告
- 目的地→目的
- かかる時間→締め切り
- 目印→論点や気をつけること
- 予想される注意点→メリット、デメリット
つまり、これらの内容をきちんと整理すれば、「全員が同じ理解にたどり着く文章」を書けるわけです。そして、僕は効率的に内容を整理するために、「フォーマット」の活用を勧めています。
「空気を読むな、文章を読め」
――マネジャーの立場からは、「テキストだと冷たい印象になり、部下が威圧的に感じるのではないか」と心配する声もあります。
まず情報を正しく伝えることに集中しましょう。コミュニケーションには、「情報を伝える」と「感情を伝える」の2つの側面があると思っています。このうち、仕事で大事なのは情報を正しく伝えることです。にもかかわらず、情報を正しく伝えるためのテキストで感情を伝えようとしたり、読み取ろうとしたりするから混乱が生じるんです。
――たしかに、冷たい文章にならないように、感情を伝えるための言葉を追加する人は多そうです。
感情を伝えようとできる限り丁寧に書こうとすれば、時間がかかってしまいます。また、そうして文量が増えていけば、言いたいことが伝わりづらくなるんですよね。
そうなると、そもそもの目的である「情報を正しく伝えること」を達成できません。そのため、まず情報を正しく伝えてから、別のテキストで「わたしはこう思っている」と感情を伝えればいいと思います。
――「情報」と「感情」を一つの文章で伝えようとするから、どちらもうまく伝わらなくなってしまうわけですね。
はい。ちなみに、テキストを受け取る側の心構えも大切で、キャスターに入社したメンバーには「空気を読むな、文章を読め」と伝えています。テキストから相手の感情を読み取ることは限界があります。相手の感情がわからないからこそ、書いていないことまで理解しようとしない姿勢が大切です。まず書いてあることを正しく読むようにするといいでしょう。
テキストコミュニケーションにおけるケースワーク
メンバー全員に「思ったことを発言する責任」がある
――ここからは、テレワークでもギスギスしないテキストコミュニケーションのコツを教えてください。たとえば、相手に3つ質問を送ったけれど、2つしか返信がなかった場合、催促するのはなんだか申し訳ない……と感じてしまうこともあります。どう対処すればいいのでしょうか?
仕事を進めるのに必要なことは質問しなければいけませんし、言わなければ相手に伝わりません。だから、「お返事をありがとうございます。もう1つについてはいかがですか?」と素直に聞けばいいと思いますよ。
――なるほど。とはいえ、土台としてメンバーが立場に関係なく意見を言い合える風土が必要な気がします。キャスターでは、風土づくりのために、何か工夫をしていますか?
入社したメンバーには「思ったことを発言する責任は全員にある」「言わない限りは伝わらない」と言い続けています。
全メンバーが原則テレワークのキャスターでは、顔や様子が見えるリアルオフィスとは違い、誰が忙しそうにしているのかが見えにくい。本人が「忙しくて困っている」と書き込まないと、周りは手助けできないんです。だから、思ったことを素直に発言するようにと言い続けていますね。
とはいえ、僕のような責任ある立場の人には話しかけづらいメンバーもたくさんいるでしょう。だから、「話しかけても大丈夫」と思われるように、上司側が工夫しなきゃいけないと思うんですよね。
僕はチャットツールのアイコンを可愛いキャラクターの画像にしていますし、表示名を「いしくら(めっぽう気さくです)」としているんです。ほかにも、メンバーへの返信時は「は〜い」とか「ほい」とゆるい感じで返したり、時事ネタを絡ませたネタになりそうな画像を送ったりすることもあります。そんなふうに、上司は後輩や部下が話しかけやすくなる工夫をしたほうがいいと思いますね。
部下への指摘とメンタルケアは別問題
――続いて、カドが立たないように部下の間違いを指摘する方法が知りたいです。
僕はあえてストレートに言っています。「情報」を伝えて改善してもらうことが目的なので、相手に伝わりづらくなる回りくどい言い方はしません。その代わり、自分の感情は言わないですね。あくまでも、事実としてあったことだけをストレートに言うようにしています。
――事実だけをストレートに指摘すると落ち込む部下もいそうです。
「指摘すべきことを正しく伝えること」と「受け取る側のメンタルケア」は別に考えたほうがいいと思いますよ。ダメなことはダメと言わないと、相手は間違っていた事実や理由を理解できずに、同じ間違いを繰り返す可能性がありますから。
メンタルケアが必要そうなときは、指摘する前後でほかのメンバーに協力してもらっています。たとえば、これから指摘する部下のチームリーダーに「指摘したあと、話を聞いてあげてほしい」とお願いすることもありますね。
衝突ではなく、意見の交換をする
――「スタンプだけの返信」など、部下のコミュニケーションの取り方に違和感があるが受け止めるべきか……と悩んでいるマネジャーには、どんなアドバイスを送りますか?
違和感があるなら、その考えを素直に言えばいいと思います。ただし、「スタンプだけの返信は嫌いだ」と個人的な好き嫌いで注意するのは意味がありません。そうではなく、「スタンプだけだと内容を確認できたかわからないから、何か一言だけでも返信してもらえるかな?」と事実にもとづいて聞いてみればいいと思います。
「こういう世代だから仕方ない」と決めつけることを繰り返せば、みんなが自分の考えや気持ちを話さなくなっていくでしょう。
――自分の意見を正直に言うことで、部下と衝突するのではないかと不安になる上司もいそうです。
相手と違う自分の意見を伝えるのは「意見の交換」であって、「衝突」ではありません。人それぞれに意見が違うことは当たり前なので、わからないことは素直に質問しながら、理解できるまでやり取りすればいいと思います。
また、指摘された側も上司の言いたいことがわからなければ質問して、正しく理解することが大切です。お互いが仕事に必要なコミュニケーションを取れない職場はダメだと思いますね。
ダイレクトメッセージは「会議室」、オープンチャンネルは「執務室」
――ビジネスチャットでのコミュニケーションを円滑にするために、個人に届く「ダイレクトメッセージ(以下、DM)」と全体に届く「オープンチャンネル」はどう使い分ければいいでしょうか?
まず、チャットツールは「バーチャルオフィス」と捉えましょう。DMは「会議室」で、オープンチャンネルは「執務室」というイメージです。
そう考えると、DM(≒会議室)では個人情報に関することや健康上の問題など、秘匿性が高い話題をやりとりする場となります。それ以外の日々の業務連絡や雑談などは、オープンチャンネル(≒執務室)でやり取りすればいいでしょう。
――なるほど。リアルのオフィスと同じように考えてみると、使い分けがイメージしやすいですね。
ええ。とはいえ、オープンチャンネルでのやり取りが全くない会社もあるんですよ。
僕はリモートワークのコンサルティングのお仕事もたまにしているので、お手伝いする会社のチャットルームに入らせていただくことがあるのですが、オープンチャンネルが静まり返っていることがよくあります。それは執務室に誰もいないような状態なので、それでは従業員が不安になるはずです。
また、オープンチャンネルでメールのように形式的な文面を送り合う人が多くて、フランクなやり取りがない会社もあります。それだとコミュニケーションが活性化しないので、関係性はよくならないでしょうね。
――オープンチャンネルでコミュニケーションを活性化させるには、どうすればいいのでしょうか?
まず話しやすい雰囲気になるように、オープンチャンネルを設計し直す必要があります。リアルオフィスの執務室は、レイアウトなどの工夫で自然とコミュニケーションしやすくなっています。それと同じ仕組みをオープンチャンネル上でも、つくらなければいけません。
そこで、執務室をイメージしながら、オープンチャンネルをグループ分けしていきます。一般的に執務室では、部署やチームごとに少人数の島になっています。それと同じくらいの規模感でオープンチャンネルをグループ分けしていけば、部署や関心のあるテーマごとにいくつかのチャンネルに分かれるはずです。そうすれば、共通の話題を持った人が集まるのでコミュニケーションが活性化しやすくなるでしょう。
どうしても電話や会議など旧態依然とした働き方が抜けきらない企業に対しては、「1週間、会議禁止」というルールを勧めたこともあります。そのルールを実践すれば、オープンチャンネルを使わざるを得なくなりますからね。
テレワーク中心の働き方における、最大の敵は「疑心暗鬼」
――石倉さんはテレワークを続けるうえで、何が障害になると感じますか?
テレワークの最大の敵は「疑心暗鬼」です。おたがいの姿が見えないテレワークでは、相手の表情や態度から何かを察することができず、不安になりやすい。それゆえに、ひとたび疑心暗鬼が生じると、チーム内の信頼関係は一気に崩れてしまいます。
小さなことの積み重ねから、疑心暗鬼は生まれ始めます。たとえば、文章が冷たく感じて、「相手を怒らせてしまったかな?」と心配になることも疑心暗鬼です。オンライン会議の議事録など情報共有がされてなければ、「自分だけ知らされていないことがある」と不安になるのもそうです。
また、ハイブリッドワークにおいては、テレワーク組とオフィスワーク組の間に疑心暗鬼が生まれやすい。たとえば自分一人だけがリモート参加の会議で、オフィスにいる人がカメラでは見えづらい手書きのホワイトボードを使っていたり、マイクが声を拾えないようなトーンで話していたりすれば、疎外感を覚えるはずです。
そういった小さな積み重ねによって疑心暗鬼が生まれ、仕事がやりにくくなってしまう。すると、相手に気を遣って無駄に長い文章になったり、おたがいに監視するために報告したりするなど、非効率なやり取りが増えてしまうんです。
――では、疑心暗鬼を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。
当たり前ですが、それぞれが配慮することです。ハイブリットワークの働き方では、全員がテレワークで働く人に合わせなければいけません。たとえば、会議の内容はオープンチャットで話すようにすれば、テレワークで働く人も含めた全員が社内での会話を把握できるようになります。
また、わたしは責任ある立場の人こそ、積極的にテレワークしたほうがいいと思っています。オフィスに出社する人が増えると、オフィス中心の働き方になりがちです。とくに責任ある立場の人がオフィスに行くと、みんながオフィスに行くようになる。その結果、テレワークで働く人に情報が行き届きづらくなってしまうんです。
――マネジャー層の意識や働き方が、部下に大きく影響を与えるわけですね。最後に、テレワーク・ハイブリッドワーク導入後のコミュニケーション不足に悩む企業に対して、アドバイスをお願いします。
結局のところ、仕事は「作業する」「考える」「コミュニケーションする」の3つに大別されます。そのうち、テレワーク・ハイブリッドワークでいちばん変化するのは、コミュニケーションです。そのため、離れていてもコミュニケーションできるように、社員の意識や社内の仕組みを変えていく必要があります。
オフィスワークとテレワークでのコミュニケーションは、スポーツに例えると、サッカーとフットサルのように似て非なるものだと思います。基本技術は同じでも、ルールが違う。だから、オフィスワークと同じルールを守るのではなく、テレワーク用の新しいルールをしっかりと理解して、日々練習していくとよいでしょう。
(取材・執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海/ノオト)